東京高等裁判所 昭和30年(ツ)35号 判決 1955年12月21日
上告人 被控訴人・原告 加藤宗雄
訴訟代理人 小関藤政
被上告人 控訴人・被告 加藤春代
主文
本件上告を棄却する。
上告費用を上告人の負担とする。
理由
上告代理人は「原判決を破毀する」旨の裁判を求め、その理由として、別紙上告理由書及び追加上告理由書記載のとおり主張した。
上告理由書一ないし四及び六に対する判断。
上告人主張上の上告理由はすべて原判決の適法になした事実認定に対する非難で、原判決には、上告人主張のような法律の解釈を誤り、又は事実のくいちがい或は審理不尽というようなことはなにも存しない。上告理由は結局独自の立場に立つての原判決に対する非難であるから、いずれも理由がない。
上告理由書五及び追加上告理由書第一に対する判断。
上告人は、被上告人が昭和二十七年一月頃本件家屋について贈与を受けたとの主張をなしたことがないと主張しているが、本件記録によれば、被上告人は本件控訴状で本件家屋の贈与を受けたことを主張しているが、右控訴状の記載を昭和二十九年四月二十六日午後一時の本件口頭弁論期日に陳述すると共に、贈与契約のなされた日が昭和二十七年一月頃であると述べている(三九丁)こと、本件記録によつて明である。原審での被上告人本人尋問の調書によれば、本件家屋の贈与を受けたのは昭和二十八年八月中であることが認められ、原判決も贈与がなされたのは昭和二十八年八月初旬頃と認定している。従つて被上告人の上記認定の主張とくひちがいがあるようにみえるが、被上告人の主張でも又裁判所の認定も共に上告人から被上告人に対する本件家屋の贈与という事実は一回だけで何回もあつたわけではないのであるから、被上告人の主張事実と裁判所の認定した事実との間にはくいちがいはなく、又裁判所は当事者の主張しない事実を認定したり、証拠によらないで事実を認定したわけではないから、この点についての上告人の主張も採用することができない。
上告理由書七に対する判断。
本件記録によれば、上告人は原審において、本件贈与契約は書面によらないものであるから取消すとの主張はなしたが、民法第七五四条によつて取消すとの主張はなしていないことが明である。従つて原判決が民法第五五〇条を適用して取消しを認めず、民法第七五四条についてなんの判断しなかつたのは当然であつて、原判決には、上告人主張のような法律の解釈適用を誤つた違法はないから、この点に関する上告理由は理由がない。
追加上告理由書第二ないし第四に対する判断。
本件記録によれば、上告人が上告理由書を原審に提出したのは、昭和三十年八月十八日であり、上告代理人に上告受理の通知がなされたのは同年六月二十九日であるから、民事訴訟法第三九八条第一項民事上告等訴訟手続規則第七条による五十日の期間内に提出されたことが明であるが、上告の追加上告理由書が原審に提出されたのは昭和三十年九月十五日であつて、右五十日の期間経過後であることも明である。もつとも原裁判所は昭和三十年八月二十七日付で上告人に対し右規則第四条第九条によつて補正すべき旨の命令を十四日の期間をおいて出し、右命令が到達したのは昭和三十年九月一日であるから、右追加上告理由書は右補正期間内に提出されているのである。しかしながら、右規則第九条にいう補正命令は、上告理由書に記載されていること自体が右規則第三条及び第四条の規定に違背していることが明である場合に出されるものであるが、それが補正であるということと、他方上告理由書の提出期間を上告受理の通知を受けた後五十日と法定してあることとを合せ考えると、上告理由書に記載はしているが不充分又は不明確である場合に、それを補正することなく直ちに民事訴訟法第三九九条第一項第二号後段によつて却下することは当事者に対し不親切であるから一応補正を命じた上に処置すべきであるとしたので、上告理由書に全く記載していないような新な主張を許す趣旨でないと解するを相当とする。上告人の右五十日の期間後に提出された追加上告理由書の第二ないし第四の主張は、いずれも上告理由書には全く記載されていない新な主張で、補正の範囲と認めることはできない。故に右主張はいずれも上告理由書提出期間後に提出されたものとして、この点に関する判断はしない。
よつていずれにしても本件上告は理由がないから民事訴訟法第四〇一条により本件上告を棄却し、上告審での訴訟費用を上告人をして負担させ、主文のように判決する。
(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)
上告理由
一、上告人は左に上告理由を叙述する。先づ上告人と被上告人は現に夫婦であることを頭に置いて此事件を見なければならぬ、文の拙なるを咎め給わず理の存する処明断を待ち奉る。
二、原判決は事実の部に於て被控訴人の主張として「仮りに本件当事者間に控訴人主張の贈与契約があつたとするならば、右契約は書面によらない贈与であるから本訴においてこれを取消す、なお本件登記は前示のように控訴人が擅になしたもので贈与契約の履行とは認められないから右贈与契約の履行はまた終了しないと答へ」と摘示し理由の部に於て「右贈与契約が書面によらないものであることは控訴人も争わないところであるが被控訴人は右贈与契約は履行が終つてないから本訴において取消すと主張するけれども右贈与契約についての所有権移転登記は贈与契約の内容をなすものではなくして第三者に対する対抗要件に過ぎないと解するを相当とするから右贈与契約の履行が終つているかどうかは登記の有無にかかわらず右贈与物件が受贈者なる控訴人に引渡されたか否かによつて考へなければならない。そうだとすれば右認定のように被控訴人は控訴人に本件家屋を贈与した後は帰宅の意思はなく又殆んど帰宅することもなく別居生活を営んでいた事情を考へ合せると特段の事情がない限り、被控訴人は右贈与後は本件家屋を控訴人の自由に委ねたとみられるから右家屋を贈与と同時に控訴人に引渡したと見られ、右贈与は既に終了し、もはや取消し得ない状態に至つていると考へるを相当とする」と判示し、被控訴人敗訴の判決をなした。併しながら甲一号証(登記謄本)によれば昭和二十八年八月十七日贈与に因る登記が同月十八日なされ之を知つて驚いた被控訴人は同年九月十一日に仮処分の申請をした(東京地方裁判所昭和二十八年第(ヨ)一八一七号)此の事実は原判決謂うが如く「控訴人の自由に委ねたと見られるから」と云うこととは異り原判決は法律の解釈を誤り、又審理不尽の違法がある。
三、元来本件は第一審は被告である被上告人が不出頭のまま敗訴したもので上告とはいうものの控訴審に等しい事件であるから、上告審に於ても十分の審理を尽されたい。
四、被上告人の原審に於ける証言によるも「被控訴人が私に家屋をくれると云つた昭和二十八年八月十日の夜は十二時近くで云々」と云つて居る。然れば原判決が謂う「本件家屋を贈与した後は帰宅の意思もなく又殆んど帰宅することもなく別居生活を営んでいた」と云うも八月十日に贈与契約(贈与と云うは虚偽であるが)をして同年九月十一日に仮処分申請をしたとすれば其間僅に一ケ月である。原判決は事実にくひちがいがある。
五 原判決の理由には「控訴人は被控訴人から昭和二十七年一月頃右家屋の贈与を受けたものであると主張するのでまずこの点を判断するに」と判示して居るが原審控訴人本人の調書によれば「被控訴人が私に家屋をくれると云つた昭和二十八年八月十日の夜」と云つて居る昭和二十七年一月頃と云う証拠はない、然れば原判決は虚無の証拠によつて判断したる違法があるに帰する。
六 原判決は被上告人をして勝訴せしめたが本件家屋は七十万円で買はうと云う人あり(登記面十一坪二合五勺とあるも建て増して十六坪となりたるもの二十五万円で買つて二十五万で建増及造作をなしたものである)価格は七十万円それをそつくり被上告人にやつてしまつて子供はどうするか(子供は上告人と共に生活して居る)上告人の資産等をきくことなく単に贈与の一点のみを見て判断したるは審理不尽の違法がある(上告人は政経時潮の云う雑誌社の広告取りである)
七、民法第七五四条には「夫婦間で契約をしたときは婚姻中何時でも夫婦の一方からこれを取り消すことができる」との規定がある。然るに是に第五五〇条を擬し既に履行が終つたものだとなした原判決は法律の解釈適用を誤つたものである。
追加上告理由
第一点原判決は当事者の申立てざる事項につき判決を為したる違法あり。
原判決は事実摘示の部に於て「昭和二十七年一月頃被控訴人から贈与を受け被控訴人が控訴人に実印を預け何時でも所有権名義の書換が出来る状態にあつたので控訴人が右家屋の所有権移転登記をなしたものに過ぎないので被控訴人の請求は失当である」と陳述したる旨を摘示し理由の部に於て「控訴人は被控訴人から昭和二十七年一月頃右家屋の贈与を受けたものであると主張するのでまずこの点を判断するに云々」と説示して居る。然るに昭和二十七年一月頃贈与を受けたとの主張はどこにもないのである。原審で控訴本人加藤春代は「被控訴人が私しに家屋をくれると云つた昭和二十八年八月十日の夜は十二時近くで云々」と云つて居るのであつて原判決は当事者の申立てざる事項についての判決を為したものと謂べく所詮違法の判決たるを免れない。(民訴第一八六条)
第二点原判決は当事者の申立てざる事項について判決をなしたる違法あり。
原判決は「被控訴人は右贈与契約の履行はすでに終了しもはや取消し得ない状態に至つて居ると考えるのを相当とする」と判示した。然るに事実は被控訴人代理人は仮に贈与契約ありとするも右契約は書面によらない贈与であるから本訴に於てこれを取り消す旨を述べたと事実摘示の部に摘示して居る。然るに之に対し控訴人から「既に履行を終つたもので取消し得ない状態にある」と云ふ再抗弁は出し居らぬ。然れば再抗弁ありたる如く独自の判断を用ゆるは当事者の申立てざる事実について判決をなしたる違法あるに帰する。(民訴第六六条)
第三点原判決は当事者の申立てざる事項について判決をなしたる違法あり。
原判決は其の理由の部に於て「同年八月初旬頃控訴人から生活費子供の養育費をどうしてくれるか及び帰宅するかどうかの問に対して云々」と判示して居るが子供の養育費や生活費については控訴人の申立てざる事項である。然れば原判決は当事者の申立てざる事項につき判決を為したる違法あるに帰し到底破棄を免れざるものと信ずる。(民訴第一八六条)
第四点原判決は判決理由に齟齬あるか理由不備の違法あり。
原判決は理由の部に於て「右贈与契約が書面によらないものである事は控訴人も争はないところであるが被控訴人は右贈与契約は履行が終つて居ないから本訴において取消すと主張するけれども、右贈与契約についての所有権移転登記は贈与契約の内容をなすものではなくして第三者に対する対抗要件にすぎないと解するを相当とするから右贈与契約の履行が終つているかどうかは登記の有無にかかはらず右贈与物件が受贈者たる控訴人に引渡されたるか否かによつて考えなければならない」と判示した。しかし民法第一七七条には「不動産に関する物権の得喪及び変更は登記法の定むる所に従ひ其の登記を為すに非ざれば之を以つて第三者に対抗するを得ず」と規定し第一七八条には「動産に関する物権の譲渡は其の動産の引渡あるにあらざれば之を以つて第三者に対抗するを得ず」と規定して居る。不動産について引渡と云う文字は使つてない。原判決は理由不備又は理由齟齬の違法あるに帰し到底破棄を免れざるものと信ず。
右の理由により民事訴訟法第三九五条第一項第六号により上告する。